25年前に、日本で日本語学校に通った時に、「一所懸命」だけは正しいよ~、「一生懸命」って書く人はみんな間違っているよ~と先生達に何回か言われた覚えがある。先生によって、「一生懸命」という書き方は日本語の歪みか、言葉の自然進展かという風にも判断されていた。但し、(日本語能力検定)試験ではとにかく「所」の方を書かなければ、正解にならなかったと思う・・・。
漢字ね~・・・、日本語に並んで、漢字は一生の「恋愛関係」なんだろう。結構最初のユーチューブのビデオでは「日本語の簡単さは反って難しい」(http://youtu.be/BMIWBcoxQ6s)のビデオでも、日本語の文法はどれだけドイツ語よりも易しそうなのかのテーマについて色々と述べていた。確かに、日本語の文法は西洋(英語は世界的に一番簡単な言語として取敢えず除いて)のそれぞれの言葉よりも遥かに簡単。ただ、勿論、ビデオで言っている様に、西洋人はその簡単さで凄く困るが、一所懸命(!)頑張ればいずれ克服する場合が多い。
但し、「漢字」の前線では多くの外国人は止むを得ずに退く姿勢を示すことになる。僕も最初そうだった。最初持っていた教科書には市販されているテープがあったが、なぜか買わなかった。従って、一番最初の数ページで説明されていた発音規則だけで数年後日本に移住した時に、「あらまぁ、本当の発音とは全然違うわ」と思って、唖然としちゃった。ま、発音はさて置いて、漢字や仮名でいつか日本語を書いたり、読んだりすることが出来るようになるとは夢にも思えなかったから、86年の10月より東京で日本語学校に入学してからその年末までに、当時そこで使っていた教科書の日本文はローマ字でしか読めなかった。ただ、話す力はその時結構速く上達したから、「そろそろ漢字と仮名に慣れれば」と先生に推薦され、86年の年末休みで極力頑張って、87年の年明けにまた学校に行ったら、日本文のテキストを突然漢字と仮名だけでしか読まないことをみんなに知らせたら、かなり驚かれた。
僕にとって、日本の漢字に対しての感情は、ある意味で寿司に対しての感情と似ている。最初は苦手又は嫌いで、でも一旦その良さが分かったら、もうそれしかないとつい思うようになった。東京に住み始めてから半年ぐらいは寿司を食べなかったが、ある日、誰かに連れて行ってもらってから、それから大体半年ぐらいは毎晩回転寿司屋に行っていた。日本語も漢字もの経験も似ている。最後に日本文をローマ字で読み、日本人と英語で喋っていたのがちょうどあの頃、86年末、87年初め頃だった。その後、もう二度とそんな事はなかった。というよりむしろ、ローマ字読みや日本人と英会話をそれから自分から拒否していた。
皆さんは自覚しているかが分からないが、外国人にとっては日本語の文字にはどんな大変さがあるかはご存知でしょうか?
- 文字ではなくて、元々絵から来ているものである
- 50個の平仮名と平行に50個の片仮名は別にある(その区別は?)
- 無数の漢字も更に文章の中に入っている
- 漢字には(場合によって二つ以上の)音読みも訓読みがある
- 漢字の前や後に何が書いているかによって読みが違う
- 同じ熟語なのにコンテキストによって読みが違う
- ローマ字の文字やアラビアの数字も文章に入っている
- 単語と単語の間にはスペースがない
- その他
192番目のビデオでも述べた様に、日本語の勉強は僕にとって絶え間のない使命であろう。将来はいつ、どうやってまた本格的に使う事になるかが分からないから、毎日少しずつはやる。2年前に買った「例解慣用句辞典」から毎日一個を抽出して、その為にわざわざ買ったノートにその慣用句自身もその意味も書き込む。書く事によって、もっと上手く覚えられるだろうというのが一つの狙いだけれども、漢字仮名も毎日手書きで書き込む事もかなりの効果がある。それとは別として、最近毎日任天堂DSライトで漢検もやっている(http://youtu.be/06UbsWu9WGE)。買ったのが6年ぐらい前で、現在は6級まで上がっている。常用漢字は昔全部勉強したが、25年も前だから、読解の方は大体大丈夫だが、手書きはかなり忘れたので、DSの挑戦は面白く行っている。去年買ったオノマトペ(擬声語・擬態語)辞典でも今度同じ練習を始めたいので、ストレスにならないといいなぁと思っているところ。
日本語のあらゆる難点を全部普通の西洋人に伝えたら、「なんぞれ!誰が勉強できるかよ!」と言われる。僕はこういった見解が分からない訳ではないが、その難しさこそは面白いよ、結局!世の中には簡単に習える技がある。3ヶ月もあれば、縄跳びは何とか上達できるかも知れないが、日本語の勉強は一生の課題!縄跳びの代わりに日本語を選んで良かった~と思うのは、気持ちのいい心境を起こしてくれる。なので、いくら「歪んだよ」と言われても、僕には「一生懸命」と書いた方がいい気がする。とにもかくにも!
Guten Tag.
返信削除一所懸命と一生懸命か。Hmm
私にとっては、一所懸命がやはり正しいです。解説にはいくつかの説があり、一生懸命も間違いではないというこになっていますし、放送用語でも一生懸命が使われています。
ですが、懸命という意味に相応しいのは、やはり一所だと思います。私の感性にはその方がピッタリきます。音の響きも懸命に符合するのは一生ではなくて一所だと感じます。
しかし、ロルちゃんはホントに良く勉強してますね。
楽しみながら勉強するというやり方が出来てるんでしょうね。
少し話は変わりますが、今の日本人が、日本語の文法を理解していると思ったら大間違いでーす。きっと、日本語をちゃんと勉強している外国の方々の方が、文法を良く知ってると思います。会話に文法は要らないし・・・という言い方で逃げてるだけだと思いますよ。否、考えたこともないかもしれません。
確かに文法を考えながら会話するわけではありませんが、文書となるとそうはいきませんからね。同僚の書いた文書を見ると、君、何人?何歳になったの?ホントにこれを上司に提出するの?って言いたくなることが度々ありまよ。
かく言う私も、人の事を言えるかって思いながら文書を作成していますが。
支那や半島に歴史というものはない
返信削除支那・朝鮮は、日本を歴史を知らないと言うが、支那・朝鮮には、歴史はないのである。支那の歴史はプロパガンダであり、朝鮮のそれはファンタジーに過ぎない。
我々が古典により慣れ親しんだ戦国の7雄、項羽と劉邦、三国志彩った漢人は、死に絶えて久しい。
海を渡った日本人が建国した百済、新羅の人々は、10世紀に進入したエペンギ朝鮮族に全て殺されてしまった。
現在、支那や朝鮮に住んでいるのは、昔の人々と全く異なった種族であり、嘘つきで、残酷な人種である。我々は幻想を持って支那。朝鮮と対してはならない。一衣帯水に騙されるな。
2013/06/19(水) 09:58:54| URL| patriot #-
改めて意識してみると会話ではイッショウケンメイって発音していることが多いかも
返信削除でも漢字で一生懸命って書くと違うなーとも思います
たぶん日本語の先生に由来も習ったと思いますが、鎌倉時代に初めて日本に武士政権が
誕生した時、ご恩と奉公という関係が源氏と家来の武士たちの間で結ばれたんです
そのときに源氏、つまり武士の棟梁ですね、彼から与えられた土地(=一か所の土地)を命を懸けて守りますと誓ったことからこの言葉が生まれたんです
だから漢字を変えてしまうと意味も変わっちゃう気がします