目標達成は簡単そうだからではなく、難しいからこそ追求しよう! 大失敗を恐れない者だけが、偉大な事を成し遂げる。

2013年6月16日日曜日

ケルンの「知恵」


前のブログ記事でも話した様に、僕の故郷、ケルンも、ケルンが中心となっているライン川地方も、「ドイツのイタリア」と言われることがある。つまり、一番ルーズで、時間にぴったりではなく、他の地方の人と比べれば、そんなに頼りにならないとかとされているからである。なぜ、僕はあんな地方に生まれたんだろうか、なぜ、僕は自分の故郷の人達とはなかなか親しくなれないのだろうかと、特に日本を知るようになってから、昔からよく考えることがある。日本に毒されたからかな~。とにかく・・・

ある他の地方と同じ様に、そのケルンはちょっと変わった「知恵」で知られている。知恵と言っても、それは特別な「寸言」、「金言」、「箴言」の形で出てきて、ケルンとその近辺の「国民性」を少し風刺的に表している。風刺と言うから、ルールは勿論ないけれども、特定な寸言をある決まった順番で並べてみたら、微笑みぐらいを発足させる「ショートストーリ」になる(少なくてもここのヒューモアでは)。ショートストーリと言っても、日本なら、なんかセットになっているのもある:「うそ!、本当?、嫌だ、マジ?、信じられな~い」と似ている様な文章()と同じく、並んで言えば面白い・・・。

ケルンのその並んで言う寸言は「ケルンの基本法」(Das kölsche Grundgesetz)としても知られている。色んなネットサイトでそれを確かめることが出来るから。
ケルン弁の出来ない人の為に時々標準語も付いているが、基本的にケルン弁で書かれており、ドイツの(憲法に等しい)「基本法」と同じ様に、「条項」(Paragraph)がなくて、「事項」又は「条章」(Artikel)でできている。
ちょっと分析してみよう!

Artikel 1: Et es wie et es. 
物事の有様は有りのまんまで、(貴方は)変えようとして、変える事はできない。

Artikel 2
: Et kütt wie et kütt.
将来の状況も(貴方は)どうせ変えられないから、怖がらない方がいい。

Artikel 3: Et hätt noch immer joot jejange. 
過去も上手く出来たから、今回も上手くいくだろう。心配し過ぎないで。

Artikel 4
: Wat fott es, es fott.
無くなった物事を惜しまないで、過ぎた事は過ぎていて仕方が無い。

Artikel 5: Et bliev nix wie et wor.
変わらない物はそもそもない。新しい物事に対していつもオープンでいて!

Artikel 6: Kenn mer nit, bruche’ mer nit, fott domet.
変化があまりにも多すぎたら、それらを注意深く検討した上で、場合によって拒否しても良い。

Artikel 7
 Wat wells’ de maache?
これは運命で、嘆いてもしょうがない。

Artikel 8
: Maach et joot, ävver nit zo off!
直訳すれば「よくやって、でもやり過ぎは駄目だよ!」(何を?)という意味なんだけど、「健康に気をつけてね」という意味とも捉える。

Artikel 9: Wat soll dä Käu?
誤魔化されないように、常に「何だそりゃ」と発言しろ!

Artikel 10
Drenks’ de eine met?
気前良く、知らない人とも仲良くなって、おごってね。

Artikel 11Do laachs de dich kapodd.
いつもヒューモアを持ちなさい。

そして、基本法とは別に、よく耳にする物としてはこれもある:
Jede Jeck es anders!
人間みんなが違う!

Et hätt noch schlimmer kumme künne.
これ以上酷くならなかったことでほっとした方がいい!

Mer muss och jünne könne!
他人の成功を嫉妬しないで!

Hammer immer su jemaat!
(ある仕事を)今までずっとこう(ある方法で)やってきたから、これからもこうするぞ!

読者の皆さんはこれで「知恵」を感じているかどうかは分からないが、ケルン人の一つの特徴は、自分の事を皮肉ることが出来るということである。言い換えれば、上記の「基本法」はよく風刺のコントに出てきて、自分の「市民性」をからかう種にもなる。つまり、自分で自分の事を笑いものにできるということ。それは、そう悪い事ではないと、西洋で思われている・・・。

9 件のコメント:

  1. 驚いた。
    Artikelが言ってることはお釈迦様がいうところの三法印・四法印と内容が重なる部分が多いねw
    ケルンの人はお釈迦様の教えを違和感なくうけいれるんじゃないの?w
    Artikelとお釈迦様の教えとは相性がいいと思うよ。
    あと、日本人はイタリア好きだよ。ただ戦争するなら、次はイタリア抜きでやりたいw

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  2. ちょっと難しかったですが、面白いですね!

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  3. 徳川家康の『見ざる』『言わざる』『聞かざる』よりはましだね。これじゃあ、情報こそ最大の武器というのが、封じられるものね。

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  4. Roruchan
    Guten Abend. Wie geht es Ihnen ?

    何?これ、ドイツ語なんですか?ケルン弁ってこんななの?
    知ってる単語がほとんどないじゃん!!
    日本人が習っている(学習している)ドイツ語は、どこで話されているのですか?

    知恵を感じるか?うん、少しは感じますよ。
    うそ~、ホント~? マジ~ 信じられな~い・・・より、はるかに人間的だと思います。これって、動物の声とあんまり変わりませんよ。それに比べると、Artikelは多少なりとも文法を感じるし、Roruchanの日本語訳からある程度は意味が理解できます。要するに、「まぁ、ジタバタしたって、人間、なるようにしかならんよ」って読み取れますし、酔っ払いの会話を書き留めたようにも解釈できます(ケルンの人、ごめんなさい)。これ以外の事も言ってるんだろうけど、僕にはこんな風に解釈出来ます。
    だけど、ケルンの人達はそういう自分たちを皮肉っているというのも面白い。結局、ケルンの人達は、Artikelを受け入れているのか?
    嫌いだと思っているのか? どっちなの?

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  5. 文字にして書いてあると一見、オランダ語?に思えた。
    これはぜひロルちゃんにYouなんとかにUpして発音して
    いただきたかったなあ~~!viva colonia!

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  6. 俺の知恵・日本の知恵?:立ち飲みやって、池袋とか、都内に結構あるんだよね。俺も昔、駅のキオスクで缶ビールを飲んで、電車に揺られて変えるのが好きだった。適度に酔いが回ってね。

     でも、それじゃ物足りない人には、たち飲み屋がいい。立って飲むので、一人でも平気だし、串焼きとか、色々あってね。しいたけなど、野菜焼きもいいな。

     座ってみんなで飲んで、グダグダになったり、エンドレスになるよりいい面がある。

     適度にほろ酔い加減で家に帰れるし、緊張も抜ける。ドイツでも立ち飲みやなんかもいいと思うよ。

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  7. ケルン弁おもしろかった!!
    こういうのは通常の本では習えないしね。
    ドイツ語の勉強してますが、見たことない単語がいっぱい
    ・・・と思いきや、発音にしてみると「ああ、あれか」と分かりますね。

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  8. Wat soll dä Käu?
    え~?? 「何だそりゃ~」
    古代語?? 「何だそりゃ~」わかりましぇーん。

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  9. しょうゆざら2013年6月17日 8:24

    いい言葉ですね。
    仏教を感じてしまいました。

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